April 30th, 2019
床下に日本の沼を湛えた西洋風ファンタジーの一隅 ["Goblin Slayer" TBT review]
Anime Relations: Goblin Slayer
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石ころだらけの乾ききった道を踏むような簡素な原案。3ヶ月分のアニメシリーズに仕立てるには書かれていなかったボリュームを肉付けする必要があります。本作アニメ制作陣が選んだものとは……。
日本の怪談やジャパニーズホラー映画の特徴で必ず指摘される要素があります。曰く「湿り気」というやつ。
辞書的な意味では「水分」でしょうが、その半分は気候風土とそれが鬱屈せしめる気分(静かな薄気味悪さなど)。残り半分は、人間の体液です。背中の冷や汗、緊張の生唾、みぞおちを襲う吐き気、目が眩むような突然ののぼせ、刀を握る手が滑る感じ、粘っこい血溜まり、声を殺しても溢れる涙、などなど。作中人物と鑑賞者は人間として同種の体液を共有していて、体液を媒介した感情に揺さぶられ、描ききれない感情が再び体液として象徴され強調されるメカニズムです。
感情がとある方向になびいて人間が誰しも持つ根源的な強い想いを結んだものを「情念」とか呼びます。本作のようなタイプの物語での「情念」はもっと簡潔に云うことができます。「怨み」です。
何を考えているのか掴みづらい主人公。それにも似た素っ気ない原案を膨らませ、視聴者の共感の拠り所を作るにあたっては「より共感しやすい作中人物らを通じて視聴者の感情を直に刺激する」という手法は順当です。
想像を絶する天災にも似た大破壊や恐怖でなく、物語の焦点は現実の世界にもある無法な暴力事件の延長線上にある惨禍。そして制作陣が選択したのが、主人公以外の作中の人々の、あるいはゴブリン側の「怨み」の情念をねちっこいほどにたぎらせること。湿り気はその物的描写です。
明るく爽快・ストレスフリーな作品が大勢を占める日本産の西洋風ファンタジーコンテンツにあって、本作の存在感をその反動(あるいは奇策)として着地したリアリズムと考える人も少なくないようです。
本作主人公のようないわゆるアンチヒーロー像、直接の祖型はマカロニ・ウエスタン作品に遡れます。アメリカ西部劇映画がヨーロッパ各地で作られた時代がありました。その内容は従来あった開拓と信仰に生涯を捧げた高潔で名誉ある建国者の物語とは真逆に、体制の腐敗とそれに公然と逆らう者たち、人種差別と抵抗、敵国アメリカを翻弄したメキシコの英雄、熱血しないスタイリッシュなアウトローらを描く、殺伐とした荒野での娯楽アクションでした。
その製作者らが衝撃を受けて賛美したのが黒澤明《用心棒》に代表される日本の時代劇。そして逆にマカロニ・ウエスタンにしびれて、日本の時代劇も勧善懲悪一辺倒から他人と交わらず剣の腕だけで世を渡り、また世を捨てた者たちを描く作品が続々現れました。
RPGのゲームマスターが既成の活劇のプロットからシナリオを着想するのはままあることで、本作原案も時代劇調の筋書きを栄養素にしているように見えます。そしてアニメ版は先述のようにベタでウェットな潮流を多く汲んでいます。いわゆるJRPGの定跡を受け継ぐわんぱく少年少女の大冒険物語ではありませんが、これもまた紛れもなく日本流コンテンツの血筋に養われた西洋風ファンタジー作品です。
道義上の是非はさておき、ホラーやいじめなど陰惨な「怨み」で駆動する物語はとりわけ日本や韓国など東アジアでは一定の成功が約束されています。それは無数の先行作品が淀み溜まった生暖かい原始の沼に膝まで浸すということなのですが。嵌らずに新たなルートまで突っ切れるか、動けなくなった後も息をし続けられるか、引き込まれて埋没するかは依然わかりません。
「(ゴブリン退治の工夫を)試すのが愉しくなってくる」「想像力を失った者から死んでいく」と自己言及するのはRPG的ですね。
「自分は奴ら(ゴブリン)にとってのゴブリン」とまで自覚した主人公のジェノサイドには優越感・差別意識が欠片もありません(この物語にしてある種の清々しささえ感じられます)。劇中でそれを代行・体現する役は主人公の同業者らに配されていて、ゴブリンのみを狩る主人公自身もゴブリンと同様に同業者たちから軽んじられ侮りを被っています。「ゴブリンとは共生不可能」と規定しながら、偏見に盈ちた同業者たちに向ける彼の内心とは・態度とは・行動とは。読解力が試される箇所です。ひたすら無関心? あらら、君は最初に死んだな。
「怨みの連鎖を断ち切る」 ―― 突き詰めれば、主人公の非情なまでのゴブリン根絶やしの行動原理はそれです。
皮肉にも視聴者の群れは怨みの連鎖が導く湿った物語を渇望していて、ひとまずは企み通りにおびき寄せたかに見えるアニメ制作陣の振る旗に飛び付かんばかりです。
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※ 第四話Bパート終わりの妖精弓手のモノローグではステレオタイプな「冒険」に対する新鮮な地平が見えかけましたよ。哲学のめばえ。
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[Wait/stay and rewrite: unlimited TO-BE-TRANSLATED works]
[Complete review in English translated by aReviewer myself: https://myanimelist.net/reviews.php?id=307527 ]
石ころだらけの乾ききった道を踏むような簡素な原案。3ヶ月分のアニメシリーズに仕立てるには書かれていなかったボリュームを肉付けする必要があります。本作アニメ制作陣が選んだものとは……。
日本の怪談やジャパニーズホラー映画の特徴で必ず指摘される要素があります。曰く「湿り気」というやつ。
辞書的な意味では「水分」でしょうが、その半分は気候風土とそれが鬱屈せしめる気分(静かな薄気味悪さなど)。残り半分は、人間の体液です。背中の冷や汗、緊張の生唾、みぞおちを襲う吐き気、目が眩むような突然ののぼせ、刀を握る手が滑る感じ、粘っこい血溜まり、声を殺しても溢れる涙、などなど。作中人物と鑑賞者は人間として同種の体液を共有していて、体液を媒介した感情に揺さぶられ、描ききれない感情が再び体液として象徴され強調されるメカニズムです。
感情がとある方向になびいて人間が誰しも持つ根源的な強い想いを結んだものを「情念」とか呼びます。本作のようなタイプの物語での「情念」はもっと簡潔に云うことができます。「怨み」です。
何を考えているのか掴みづらい主人公。それにも似た素っ気ない原案を膨らませ、視聴者の共感の拠り所を作るにあたっては「より共感しやすい作中人物らを通じて視聴者の感情を直に刺激する」という手法は順当です。
想像を絶する天災にも似た大破壊や恐怖でなく、物語の焦点は現実の世界にもある無法な暴力事件の延長線上にある惨禍。そして制作陣が選択したのが、主人公以外の作中の人々の、あるいはゴブリン側の「怨み」の情念をねちっこいほどにたぎらせること。湿り気はその物的描写です。
明るく爽快・ストレスフリーな作品が大勢を占める日本産の西洋風ファンタジーコンテンツにあって、本作の存在感をその反動(あるいは奇策)として着地したリアリズムと考える人も少なくないようです。
本作主人公のようないわゆるアンチヒーロー像、直接の祖型はマカロニ・ウエスタン作品に遡れます。アメリカ西部劇映画がヨーロッパ各地で作られた時代がありました。その内容は従来あった開拓と信仰に生涯を捧げた高潔で名誉ある建国者の物語とは真逆に、体制の腐敗とそれに公然と逆らう者たち、人種差別と抵抗、敵国アメリカを翻弄したメキシコの英雄、熱血しないスタイリッシュなアウトローらを描く、殺伐とした荒野での娯楽アクションでした。
その製作者らが衝撃を受けて賛美したのが黒澤明《用心棒》に代表される日本の時代劇。そして逆にマカロニ・ウエスタンにしびれて、日本の時代劇も勧善懲悪一辺倒から他人と交わらず剣の腕だけで世を渡り、また世を捨てた者たちを描く作品が続々現れました。
RPGのゲームマスターが既成の活劇のプロットからシナリオを着想するのはままあることで、本作原案も時代劇調の筋書きを栄養素にしているように見えます。そしてアニメ版は先述のようにベタでウェットな潮流を多く汲んでいます。いわゆるJRPGの定跡を受け継ぐわんぱく少年少女の大冒険物語ではありませんが、これもまた紛れもなく日本流コンテンツの血筋に養われた西洋風ファンタジー作品です。
道義上の是非はさておき、ホラーやいじめなど陰惨な「怨み」で駆動する物語はとりわけ日本や韓国など東アジアでは一定の成功が約束されています。それは無数の先行作品が淀み溜まった生暖かい原始の沼に膝まで浸すということなのですが。嵌らずに新たなルートまで突っ切れるか、動けなくなった後も息をし続けられるか、引き込まれて埋没するかは依然わかりません。
「(ゴブリン退治の工夫を)試すのが愉しくなってくる」「想像力を失った者から死んでいく」と自己言及するのはRPG的ですね。
「自分は奴ら(ゴブリン)にとってのゴブリン」とまで自覚した主人公のジェノサイドには優越感・差別意識が欠片もありません(この物語にしてある種の清々しささえ感じられます)。劇中でそれを代行・体現する役は主人公の同業者らに配されていて、ゴブリンのみを狩る主人公自身もゴブリンと同様に同業者たちから軽んじられ侮りを被っています。「ゴブリンとは共生不可能」と規定しながら、偏見に盈ちた同業者たちに向ける彼の内心とは・態度とは・行動とは。読解力が試される箇所です。ひたすら無関心? あらら、君は最初に死んだな。
「怨みの連鎖を断ち切る」 ―― 突き詰めれば、主人公の非情なまでのゴブリン根絶やしの行動原理はそれです。
皮肉にも視聴者の群れは怨みの連鎖が導く湿った物語を渇望していて、ひとまずは企み通りにおびき寄せたかに見えるアニメ制作陣の振る旗に飛び付かんばかりです。
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※ 第四話Bパート終わりの妖精弓手のモノローグではステレオタイプな「冒険」に対する新鮮な地平が見えかけましたよ。哲学のめばえ。
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[Wait/stay and rewrite: unlimited TO-BE-TRANSLATED works]
[Complete review in English translated by aReviewer myself: https://myanimelist.net/reviews.php?id=307527 ]
Posted by aReviewer | Apr 30, 2019 11:27 PM | 0 comments